Section 3.2 集合
Subsection 3.2.1 集合と要素
複雑な思考を行うには、いろいろなものを個別に考えるのではなく、共通する性質を取り上げてひとまとめにして、抽象的に考える必要がある。 数学において、複数のものをまとめて表すための最も基本的な道具が、ここで述べる集合である。
定義 3.4. 集合.
「あるものがそれに属するかどうかが明確に定まっているものの集まり」のことを集合(set)という。集合についてもっとも基本的な関係は、集合とそれに含まれる「もの」の関係である。
定義 3.5. 要素.
集合に含まれる「もの」をその集合の要素(element)という。 集合の表し方には、次の2つがある。内包(intensive)的な表現: 条件\(P(x)\)を満たす\(x\)の集合を\(\{x|P(x)\}\)のように、集合に含まれる要素が満たす条件を記して表す。
外延(extensive)的な表現: \(\{0,1,2\}\)のように、0,1,2からなる集合の要素を直接書き並べて表す。
Subsection 3.2.2 部分集合
集合に含まれる要素については、「要素が集合に含まれる」という包含(ほうがん)関係を定義することができる。
定義 3.6. 部分集合.
集合\(A, B\)について、\(x \in A\)のときに\(x \in B\)となるなら、\(A\)は\(B\)の部分集合(subset)であるといい、\(A \subset B\)や\(B \supset A\)と表す。 特に、\(A \subset B\)かつ\(A \supset B\)であることを、\(A = B\)と表す。部分集合の記号\(\subset, \supset\)については、定義より集合\(A\)について\(A \subset A\)が常に成り立つ。 よく似た記号の不等号\(<, >\)では、数\(A\)について\(A < A\)が成り立たないので、違いを理解しておく必要がある。
この定義で、「二つの集合\(A\)と\(B\)が等しい」ということが、集合の包含関係によって定義されている。 この定義により、\(A = B\)を証明したい場合には、\(A \subset B\)かつ\(A \supset B\)であることを示せば良いということが分かる。 これは、\(A = B\)を示すための有力な手がかりとなり、証明においても用いられることがある。
例 3.7. 集合の例.
この例では\(\cdots\)という省略記号を用いたが、このような書き方は曖昧さを含む。 例の集合\(A\)は\(2, 4, 6\)を要素に含むことが分かるが、この3つの要素から連想される条件が「正の偶数」であるのか、「2つの要素の和」であるのかが明らかでない。 前者であれば\(8 \in A\)であるが、後者であれば6の次に小さい要素は\(4 + 6 = 10\)となり、8は含まないことになる。 このような推測を他者に要請することは客観性の観点から適切でないため、できる限り省略記号を使う書き方は避けることが望ましい。
Subsection 3.2.3 補集合・和集合・共通部分
何らかの形で「全体」の集合(全体集合)が決まっているときには、全体のうちである条件を満たさないものの集合を考えることができる。
定義 3.8. 補集合.
全体集合を\(B\)とし、\(A\)を\(B\)の部分集合とする。 \(B\)の元のうち\(A\)の元ではないものを\(A\)の補集合(complement)といい、次のように定義される。補集合の記号\(\overline{A}\)には全体集合が\(B\)であることは明示されていないが、\(B\)にあたる全体集合がどのようなものであるかにより\(\overline{A}\)の要素が変わることには、注意が必要である。 \(A\)が正の偶数の集合であるとき、\(B\)が自然数の集合であれば\(\overline{A}\)は正の奇数の集合となるが、\(B\)が実数の集合であれば\(\overline{A}\)は正の奇数だけでなく、有理数や無理数も含むことになる。 そのため、補集合を用いる場合は、何が全体集合であるかを予め定めておく必要がある。
通常の数に対して四則演算が定義できるように、集合に対しても同様の演算を定義することができる。
定義 3.9. 和集合・共通部分.
\(A, B\)が集合のとき、次の集合をそれぞれ、\(A\)と\(B\)の和集合(union)、\(A\)と\(B\)の共通部分(intersection)という。数学における「または」は、「どちらか一方が成り立つ」という意味ではなく「 少なくとも一方が成り立つ」という意味であることに注意が必要である。
Subsection 3.2.4 集合に関する計算法則
和集合や共通部分、補集合については、次のような等式が成り立つ。
定理 3.10. 集合に関する計算法則.
\(A, B, C\)が集合のとき、次の等式が成り立つ。集合に関する分配法則も成り立つ。
定理 3.11. 集合に関する分配法則.
\(A, B, C\)が集合のとき、次の等式が成り立つ。補集合と和集合、共通部分の間には、次のde Morganの法則が成り立つ。
定理 3.12. de Morganの法則.
\(A, B, C\)が集合のとき、次の等式が成り立つ。証明.
Subsection 3.2.5 数
集合の例としては、まず自然数や実数など、特定の条件を満たす数全体がある。
定義 3.13. 自然数と整数.
自然数(natural number)全体の集合を\(\mathbb{N}\)、整数(integer)全体の集合を\(\mathbb{Z}\)で表す。整数の集合を\(\mathbb{Z}\)で表すのは、ドイツ語のZahlen(数)に由来する。 また自然数については、現代では\(0 \in \mathbb{N}\)とすることも多い。
定義 3.14. 有理数と実数.
分数(比)の形で表すことができる数、つまり有限小数や循環小数を有理数(rational number)といい、有理数全体の集合を\(\mathbb{Q}\)で表す。有理数を\(\mathbb{Q}\)で表すのは「商」の意を表すquotientに由来する。有理数は英語を直訳すると「比で表される数」であり、この言い方の方が定義をより明瞭に表している。
Subsection 3.2.6 組と直積
数など複数のものを1つにまとめて扱う方法には、集合以外に組(tuple)を用いる方法もある。
定義 3.15. 組.
\(x, y, z\)があるとき、\((x, y)\)を\(x\)と\(y\)の組(tuple)、\((x, y, z)\)を\(x\)と\(y\)と\(z\)の組という。定義 3.16. 組の相等関係.
組\((a_1, a_2, \cdots, a_n)\)と\((b_1, b_2, \cdots, b_n)\)は、\(a_1 = b_1, a_2 = b_2, \cdots, a_n = b_n\)がすべて成り立つとき等しいといい、\((a_1, a_2, \cdots, a_n) = (b_1, b_2, \cdots, b_n)\)と表す。組は集合と同じく複数のものをまとめて扱う方法であるが、次の2点で異なっている。
組には順序があるので\((1, 2) \ne (2, 1)\)であるが、集合の要素には順序がないので、\(\{1, 2\} = \{2, 1\}\)となる。
組では重複があってもそれぞれを1つのものとして扱うので\((1, 2, 2) \ne (1, 2)\)であるが、集合の要素は重複するものは同じものとして扱うので、\(\{1, 2, 2\} = \{1, 2\}\)となる。
組を含む集合は、実用上便利である。
定義 3.17. 直積.
\(A, B\)を集合とするとき、\(a (\in A)\)と\(b (\in B)\)の組\((a, b)\)を要素とする集合を\(A\)と\(B\)の直積(direct product)といい、\(A \times B\)と表す。直積を使うと、\(xy\)平面上の点\((x, y)\)は\(\mathbb{R}^2\)の要素として定義することができる。