Section 9.1 創発主義
Aristotle(アリストテレス)が全体と部分の違いを考察[61][62][63]し、「全体」には、個々の要素にない性質が生じることを述べたように、創発主義自体は新しい立場ではない。 だが、近代までの創発主義は、予測できない性質が急に現れることの根拠を、神や霊魂、「気」などの超科学的な事柄に求めたため、非科学的な面が含まれていた。 そのため、還元主義や構造主義に基づく科学の世界では、異端視されたり、排除されたりすることが多い。
現代では、化学における高分子や、多数の細胞からなる生命、インターネットやSNSのような巨大なネットワークなど、膨大な数の要素が関わる現象が分析の対象となっている。 このような対象に対しては、還元主義や構造主義の方針で分析すると、膨大な時間や作業量を要するため、現実的でない。 また、未解明の部分や未知の要素を含む対象を無理に還元主義や構造主義で分析すると、適切な分析を行えない。 そのため、要素個々の振る舞いよりも全体としての性質を分析したり、未知の要素の存在を考慮して現象を説明したりする、創発主義も有用だと考えられている。
Broadは、要素\(A, B, C\)からなる集合に特徴的な性質が、要素\(A, B, C\)が単独で示す性質や、それらが他の集合に含まれるときの性質から理論的に演繹(えんえき)できない性質を創発(emergence)性と定義[66]した。 ここで「理論的に」というのは、あくまでその時点の科学理論では説明できないことを意味している。 つまり、あらゆる現象は本来、還元的に説明できるという前提に立ちつつ、現時点で人間が持つ理論では説明できないことを創発性と呼んでいる[67]。 このように、創発の概念は曖昧さを含むものの、未解明の現象が科学的に説明されるまでの、過渡段階における説明を与える理論として有用である。