Section 8.4 システムの例
システムの例には生態系や生物の循環系、化学における反応系などがあるが、ここでは主に社会的なシステムに焦点を当て、心理システムと社会システムを例示する。 これらは人間の社会を構成する基本的なシステムであり、いずれも半閉鎖系であることが特徴である。
Subsection 8.4.1 心理システム
心理システムは思考を要素とするシステムである[58][17]。 Descartes(デカルト)が“私は考える、ゆえに私はある”と述べたように[59][60]、思考は生命の精神活動の源泉だといえる。
思考は、送り手と受け手が同一であるコミュニケーションだとみなせる。 Plátōnが“魂の内において音声を伴わずに、魂自身を相手に行われる対話(ディアロゴス)”[68][69]を思考と呼んでいるように、人間の思考では、思考が「ひとりごと」として表出するか否かにかかわらず、記号が使われる(シンボル機能)[52]。 また、記号を用いた思考には、記号を用いて自分自身に指示を出し、自分の行動を制御したり調整したりする自己調整機能がある。
特に母語は人間の思考様式に大きな影響を及ぼしており、母語が異なれば思考様式が異なりうる。 これは、人間の思考様式が普遍的に同じであることを否定するものであり、言語相対仮説やSapir-Whorf仮説と呼ばれる[71][70]。
心理システムは知的な生命を構成する最も基本的なシステムである。 連続的な思考の積み重ねは思考間の関連を生み出し、心理システムの構造を形成する。 こうして形成された構造がそのシステムにとっての世界であり、そのシステムが持つ現実イメージである。 この「世界」や「現実イメージ」が実際の現実と異なっていることは、5.4節で述べた通りである。
心理システムの思考は、誤りが生じぬよう、論理的で合理的であることを志向して展開される。 だが、現実イメージは現実の一部分を捉えたものでしかなく、しかも実際の現実とも異なる。 そのため、心理システムにおける思考は、決して完璧に正しいとはいえず、最適な判断ができるわけでもない。 こうした、ある限定された範囲までの合理性しかない性質を限定合理性という[54]。
心理システムを構成する思考には、システムの外部から直接に影響を与えることはできない。 システムの外部、即ち環境が人間の思考に影響を与えられるのは、ただ人間が環境を観察し、それに反応したときのみである。 例えば、ある人間の肉体にどれほど強い攻撃を加えても、その人間の精神が攻撃に屈しない限り、その人間の思考を束縛することはできない。 従って、心理システムは半閉鎖系である。
Subsection 8.4.2 社会システム
心理システムがもつ限定合理性を克服するため、生命は他の生命と合同し、より大きな集団を形成する。 その集団内でコミュニケーションを行ってお互いの限定合理性を補い合い、より完全な合理性を手に入れようとする[72]。 このようにして形成される社会システムはコミュニケーションを要素とするシステムであり、組織とも呼ばれる[73][54]。 生命が互いに連携して社会を構成するためには、社会システムの存在が不可欠である。
社会システムは、そこに形式上所属する人間ではなく、そこで行われるコミュニケーションが要素となる[28][31]。 例えば、ある学級に形式上は所属していても、そこで行われるコミュニケーションに一切参加しなければ、社会システムとしての学級に関与しているといえない。 逆に、その学級に所属していなくとも、そこでのコミュニケーションに参加していれば、社会システムとしての学級に関与しているといえる。
社会システムには、その要素であるコミュニケーションを支える、固有の成果メディアが存在する。 特定の企業などの場合、この成果メディアは組織文化(corporate culture)と呼ばれ、組織のコミュニケーションを円滑にする。 組織文化が通用する範囲が組織の内側であり、組織文化が通用しなくなる外側との間に境界が発生し、組織の一体感が生じる源泉ともなる。
5.3.2節で示した、より一般的な成果メディアに対しても、それぞれが通用する社会システムが存在する。成果メディアに対応する社会システムの例を表8.17に示す。
成果メディア | 社会システムの例 |
---|---|
真理 | 学会や学術システム |
愛 | 家族や血縁に基づくシステム |
貨幣 | 市場などの経済システム |
法 | 裁判所や司法システム |
権力 | 自治体や官庁などの政治システム |
宗教 | 教団 |
芸術 | パトロンやファン組織 |
社会システムは個々の心理システムが関与して存在しているため、心理システムがもつ特徴を継承している。 まず、社会システムは限定合理性をもつ。 元になる心理システムが限定合理性をもつ以上、それらのコミュニケーションから構成される社会システムがもつ合理性もまた、限定的である。
また、心理システムの思考と同様に、社会システムのコミュニケーションも、外部から影響を与えることは難しい。 たとえ企業が倒産したり、国がなくなったとしても、それらに関するコミュニケーションには直接、影響を及ぼすことができない。 従って、社会システムは半閉鎖系である。