Section 11.4 推論
いくつかの命題から一つの命題を導くことを推論(inference)といい、推論の過程を明らかに示したものを証明(proof)という。 推論には次に示す複数の方法があり、推論で導かれた命題がどの程度正しいかという厳密性の高さと、推論で導かれた命題がどの程度元の命題にないことを述べているかという拡張性の高さが、それぞれ異なる。 代表的な推論法には、厳密性の高い順に演繹・帰納・アブダクションがある。 このうち、演繹とアブダクションに対応する思考法が、de Bonoの垂直思考と水平思考である。
Toulmin(トゥールミン)は、前提、規則、結論という3つの命題が存在し、前提に規則を適用すると結論が得られるとした[64]。 この「三角ロジック」と呼ばれる形式に従えば、演繹・帰納・アブダクションの3つの推論法は、図11.3のように対比できる。 図中の矢印は命題を表し、「\(A ⇒ B\)」を前提、「\(B ⇒ C\)」を規則、「\(A ⇒ C\)」は結論とする。 また、それぞれの推論法で与えられている命題を実線で、推論により導かれる命題を点線で示す。
図11.3の例では、\(A\)を「\(x\)はソクラテスである」、\(B\)を「\(x\)は人である」、\(C\)を「\(x\)は死ぬ」としている。 このとき、前提(\(A \Longrightarrow B\))は「ソクラテスは人である(\(x: \text{ソクラテス} \Longrightarrow x: \text{人}\))」、規則(\(B \Longrightarrow C\))は「人は死ぬ(\(x: \text{人} \Longrightarrow x: \text{死ぬ}\))」、結論(\(A \Longrightarrow C\))は「ソクラテスは死ぬ(\(x: \text{ソクラテス} \Longrightarrow x: \text{死ぬ}\))」となる。
定義 11.4. 演繹・帰納・アブダクション.
前提と規則から結論を導く推論を演繹(えんえき)(deduction)という。
前提と結論から規則を導く推論を帰納(きのう)(induction)という。
規則と結論から前提を導く推論をアブダクション(abduction)という。
Subsection 11.4.1 演繹
演繹(えんえき)(deduction)は、前提と規則から結論を導く推論である。 図11.3の例では、「ソクラテスは人である」という前提と、「人は死ぬ」という規則が与えられたときに、「ソクラテスは死ぬ」という結論が真だと推論する。 Aristotleによる三段論法[109][111]は演繹の代表的な推論法で、「\(A ⇒ B, B ⇒ C\)」のとき「\(A ⇒ C\)」が成り立つという推論を行う。
演繹による推論では、前提と規則の命題が真なら、推論した結論が真であることが保証され、高い厳密性をもつ。 厳密性を重視する数学や論理学では、演繹以外の推論の使用は認められない。 一方、演繹では前提に含意される以上の結論を導くことはできないため、拡張性はない。
Subsection 11.4.2 帰納
帰納(きのう)(induction)は、前提と結論から規則を導く推論である。 図11.3の例では、「ソクラテスは人である」「プラトンは人である」「ゼノンは人である」という前提と、「ソクラテスは死ぬ」「プラトンは死ぬ」「ゼノンは死ぬ」という結論が与えられたときに、「人は死ぬ」という規則が真だと推論する[110][112][113]。 経験則やヒューリスティクス(heuristics)は、帰納による推論の例である。
帰納による推論では、前提と結論が真でも、推論した規則が真であることは保証されないため、厳密性は十分でない。 この例の場合、例えば「エピクロス」という「死なない人」の例(反例)がある可能性は否定できない。 一方、帰納では前提に含まれる個々の事例を一般化でき、前提の内容以上の規則を得る可能性があるため、一定の拡張性をもつ。
数学や工学では、帰納による推論をそのまま使うことは認められないが、帰納に類似した数学的帰納法を使うことがある。 また、人力や機械で起こりうる場合をすべて列挙し、すべての場合について真であることを証明することがある。 例えばグラフ理論で、隣接する領域が異なる色になるよう塗り分けるのに必要な色数を示す「四色定理」の証明は難問とされていたが、コンピュータを使ってすべての場合について命題が正しいことが示された[116][117]。 これらの数学的帰納法や全数列挙はあくまで演繹による推論であり、帰納ではない。
Subsection 11.4.3 アブダクション
アブダクション(abduction)は、規則と結論から前提を導く推論である。 図11.3の例では、「ソクラテスは死ぬ」という結論と「人は死ぬ」という規則が与えられたときに、「ソクラテスは人である」という前提が真だと推論する。 アブダクションに類似する手法はAristotle[110][112]も言及しているが、近代的な提唱を行ったのはPeirce(パース)である[115]。
アブダクションによる推論では、結論と規則が真でも、推論した前提が真であることは保証されない。 この例の場合、死んだ「ソクラテス」は人ではなく、ネコやイヌなどの人以外の動物である可能性もある。
アブダクションによる推論は高い拡張性をもつ一方、帰納よりも厳密性に乏しく、このままでは命題の正しさを示すのは難しい。 そこで、アブダクションで得られた命題を仮説として、演繹により仮説の正しさを示し、帰納により実例で仮説の正しさを裏付けることがよく行われる。 アブダクションが果たす仮説形成の役割は、Russellが“仮説を形成することが科学的な仕事のなかでもっとも難しいのであり、偉大な能力が不可欠となる”[65]というように、科学において極めて重要である。
注釈 11.5. 証明の形式的定義.
命題の列\(P_1, \cdots, P_n\)について、任意の\(i (1 \leq i \leq n)\)について「\(P_i\)は公理である」または「\(P_1, \cdots, P_{i-1} ⇒ P_i\)が真である」を満たすとき、\(P_1, \cdots, P_n\)を\(P_n\)の証明(proof)と呼び、\(P_n\)を定理(theorem)と呼ぶ。
例えば、命題「2つの偶数の和は偶数」の証明をこの定義に従って行うと、次のようになる。
\(P_1\text{:}\)「2つの偶数\(x, y\)は2つの整数\(p, q\)を使って\(x = 2p, y = 2q\)と表せる」
\(P_2\text{:}\)「\(x + y = 2p + 2q\)」
\(P_3\text{:}\)「\(2p + 2q = 2(p + q)\)」
\(P_4\text{:}\)「\(2(p + q)\)は偶数」
\(P_5\text{:}\)「2つの偶数の和は偶数」
このとき、命題の列\(P_1, \cdots, P_5\)について、\(P_1\)は偶数の定義により真、\(P_2\)は\(P_1\)により真、\(P_3\)は加法・乗法の定義と分配法則により真、\(P_4\)は偶数の定義により真、\(P_5\)は\(P_1, \cdots, P_4\)により真となり、元の命題は真である。