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Section 9.4 システムにおける創発

創発は、システムの時間発展において生じる現象である。 個人が発想する場合には心理システムでの創発とみなせ、集団で発想する場合には社会システムでの創発とみなせる。

注釈 9.3. 創造システム.

井庭は、個人や組織における創発の過程を表す枠組みとして、創造システムの理論を提唱している[86][87]。 井庭によれば、創造は発見(discovery)を要素とするシステムである。 発見はアイデア関連づけ(association)、帰結(consequence)の3つの選択からなる過程であり、発見が継続して生成されることで創造がなされるという。 ここでいうアイデアは、創造を行うシステム、つまりその個人や組織にとっての新たな情報であり、世間的に新しいものであるかは問われない。 井庭もYoungと同様、このアイデアをどう他の情報と関連付けるか、つまりどう相互の関連性を見出すかが重要だとしている。

Subsection 9.4.1 心理システムでの創発

システムが要素間の新たな関連性を見出すには、そのシステムがそれらの要素に参画しており、それぞれの要素に精通していることが必要である。 あるシステムが所属する他のシステムの部分を除いた、そのシステムに固有の部分を、そのシステムの個性(personality)と呼ぶ[28][31]

例えば、あるシステムが他のシステムと図9.4の関係にあるとする。 このとき、図中で他のシステムに属する部分を除いた、桃色の部分が個性である。

9.4. 個性と人格

個人による、つまり1つの心理システムによる創発では、心理システムの個性が特徴的であることが必要である。 ここでいう特徴的とは、その個人が所属する他のシステムの組み合わせが他にない珍しいものである、ということを指す。 この組み合わせがよくあるものである場合には、心理システムが思考を重ねても、誰でも思い浮かぶ発想しか現れない。 一方、特徴的な個性をもつ場合には、心理システムの思考は他にないものになり、斬新なアイデアが生じる可能性が高い。

Subsection 9.4.2 社会システムでの創発

個人には限定合理性があるため、1つの心理システムによる創発にも限界がある。 そのため実際には、複数人が協働し、社会システムによる創発を行うことが多い。 社会システムによる創発では、複数の心理システムの個性を掛けあわせて、コミュニケーションを通じて個人の限定合理性を克服することが期待される。

社会システムによる創発においても、新たなアイデアを生み出すには、社会システムの個性が特徴的であることが必要である。 社会システムの個性が特徴的であるためにはまず、心理システムの場合と同様に、社会システムが所属する他の心理システムの組み合わせが珍しいものである必要がある。 例えば、チームの人選を行う際には、似た個性を持つメンバーではなく、できるだけ個性の異なるメンバーを集める必要がある。

社会システムはコミュニケーションを要素とするため、コミュニケーションなしには社会システムによる創発はなしえない。 コミュニケーション斬新なアイデアを生み出すには、それぞれの心理システムの個性が反映されたコミュニケーションが必要である。 いくら個々のメンバーが特徴的な個性を持っていても、そうした個性を持つことが他のメンバーとのコミュニケーションの俎上に登らなければ、社会システムによる創発には貢献しない。 このように、ある心理システムを他の心理システムがコミュニケーションでどう扱うかを、そのシステムの人格(character)という[29][31]。 従って社会システムによる創発では、個々のメンバーがどのような個性を持つ人間であるかをチーム内で共有させることが必要である。 個々のメンバーの個性を人格として顕在化し、メンバーの個性をチームの個性として取り込むことで、それを組み合わせた斬新なアイデアが生じる。

注釈 9.5. 弱い紐帯の強さ.

Granovetter(グラノヴェター)は「弱い紐帯の強さ(The Strength of Weak Ties)」という論文で、ボストン近郊で直近に転職した人々を調査し、転職先の発見に寄与した要因を分析した[94][95]。 分析において、Granovetterは転職先の発見時に人々が個人的な他者との接触に頼っていることを指摘した上で、特に「弱い紐帯(ちゅうたい)」と呼ばれる“大学時代の古い友人、あるいはかつて同僚や雇い主だった人など、たまに接触する程度の関係が維持され、現在の知人ネットワークの周辺部にかろうじて含まれる人”からの情報が有用なことを見出した。 「弱い紐帯」のつながりが重要となる原因として、Granovetterは“弱い紐帯により連結している人々は、自分自身の交際圏とは異なる交際圏に参入している可能性が高く、それゆえ自分が入手している情報とは異なる情報に接して”いると述べている。

注釈 9.6. 集団浅慮.

Osborn[88]はBrainstormingの効果を述べ、集団の発想は個人の発想を上回るとしている。 「三人寄れば文殊の知恵」ということわざも知られており、集団で取り組む方がよいアイデアが生まれるというのは、直感的に正しいように思える。

DiehlとStroebe[96]は、集団で行うBrainstormingの効果を検証した多数の論文を調査し、集団が生み出すアイデアの質と量について整理した。 その結果、ほとんどの論文では集団で行うBrainstormingよりも、個人で行うBrainstormingの方が、アイデアの質量共に上回ることを明らかにした。

このように、個人でアイデアを発想する場合と比べて、集団で生み出されるアイデアの質や量が低下する現象を集団浅慮(groupthink)という。 DiehlとStroebeは、集団浅慮が生じる要因として、次の3点を挙げている。

  • 一度に一人しか発言できないことでアイデアの産出が抑止される。

  • 集団の他のメンバーからの評価が悪くなることを懸念して独創的なアイデアを出しにくくなる。

  • 他のメンバーの意見にそのままただ乗りしやすくなり、似たようなアイデアしか生まれなくなる。

このような根本的な欠点があるにもかかわらず、集団でのBrainstormingが行われる理由として、参加者それぞれが「決定の過程に関わることができた」という満足や納得を得られるという手続き的公正が挙げられる。 心理システムや社会システムが限定合理性をもつ以上は、たとえ最適なアイデアでも、質が良いというだけで参加者の納得を得られるとは限らない。 そのため、優秀な個人の発想で質の高いアイデアが生み出されたとしても、その実現に関わる人々が納得し、肯定的な感情を抱けなければ、アイデアが実現されることはない。 集団での発想は、質の高いアイデアを生み出すことそのものよりも、生み出されたアイデアの実現可能性を高めるために行われる、という見方をすることができる。

注釈 9.7. 知的財産.

知的財産法は、創発の促進を目的に存在する法的な枠組みの総称であり、その概略を図9.8に示す。 現代における知的財産法の枠組みでは、基本法としての知的財産基本法[98]があり、その下に特許法[99]、実用新案法、意匠法、商標法、著作権法[100]などの個別法が置かれている。

知的財産基本法では、その目的を“新たな知的財産の創造及びその効果的な活用による付加価値の創出”としている。 また特許法は“発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与すること”、著作権法は“著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与すること”を目的としている。 ここから、知的財産法はいずれも、それぞれの分野における創発の促進を目的としていることが分かる。

知的財産基本法では、知的財産人間の創造的活動により生み出されるものと定義している。 知的財産を生み出した者には知的財産権を付与する一方で、知的財産を効果的に活用する方法を定めている。 特許法は“自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの”を発明(アイデア)と定義し、発明者に特許(patent)を与えて保護する。 また著作権法は“思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの”を著作物と定義し、その創作者に著作権(copyright)を与えて保護する。

また、社会システムによる創発を促進する、職務発明や職務著作といった制度が存在する。

9.8. 知的財産に関する法的な枠組み